重力波とは?

アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量をもった物体が存在すると、それだけで時空にゆがみができます。さらにその物体が(軸対称ではない)運動をすると、 この時空のゆがみが光速で伝わっていきます。これが重力波です。重力波はすべてを貫通し、減衰しないと考えられています。東京大学宇宙線研究所の重力波研究グループでは、「重力波」の直接検出を行い、それを将来の「重力波による天体観測」の創生につなげていきたいと考えています。

重力波を捕らえる意義

人類は、太古よりつい最近まで可視光でしか自然を観察できませんでした。しかし19世紀に入って電波やX線が発見されると、遠くに一瞬で情報を伝えたり、人体や物質の中の様子が観察できるようになりました。そのため今まで全く未知だった世界への扉が開かれ、人類の知識の増大・世界観の変化に大きく役立ちました。 その後も赤外線・紫外線やガンマ線など、次々と新しい「観測手段」が発見されるごとに、未知なる世界が人類に解き放たれています。これらはすべて「波動現象」を利用した情報伝達による自然観察と言うことができます。従って電磁波と同じ「波動現象」である「重力波」も、この歴史にならって新しい観測手段となり人類に未知なる世界を垣間見ることを可能にするであろうと期待されるのです。

ここで大事なことは、「重力波」は「波動現象」ですが、人類が今まで発見し道具としてきた「電磁波」の仲間とは大きく異なる特徴を持つという点です。その名が示すとおり、重力波は「重力」を発生する起源である「質量」が運動することで発生します。

その「質量」というものは、「時空」の構造という物理学の一大テーマを決定するために非常に重要な要素です。このことが「重力波」を使った自然の観察が、「電磁波」の仲間を使った観察と根本的に異なる世界(それがなんだかわからないところがもどかしいですが)を切り開くという期待をより一層高める要因ともなっています。

科学者たちが期待しているものは、

  • アインシュタインの一般相対性理論の検証
  • 宇宙誕生のより初期の情報の取得、および宇宙重力波背景放射の検出
  • 非常に強い重力場での物理現象の観察

などです。

重力波の発生源

アインシュタイン博士が導き出した一般相対性理論から予測される物理現象です。重さを持つ物は、その重力で周りの時空を「歪(ゆが)めて」います。その物体が運動をすると、周りの歪んだ時空が波のように宇宙空間に広がってゆきます。これが重力波です。(図:重力と重力波)

図:重力と重力波

そうなると我々は、「重力波」の発生源を宇宙の星に求めるしかありません。その代表的なものが、「中性子星同士の連星とその合体」や「超新星爆発」です。超新星爆発は、星が一生を終えて爆発し、その質量の大部分を宇宙空間に一瞬にして解き放つ非常に劇的な現象です。(図:重力波の発生)

中性子星とは、その一生を終え爆発した星のうち、飛ばされなかった太陽ほどの質量が半径10km程度にまで押しつぶされてしまった星のことです。

図:重力波の発生源

私達は、このような天体現象から発生する「重力波」を、直接検出するための装置を開発しています。

重力波が到来すると、二つの物体(厳密には自由落下している物体)の間の距離が変化して見えます(図:重力波の効果)。そのため、それを検出することが装置の基本となります。しかも重力波による物体間距離の変化は、直交する二つの方向のうち、片方が伸びた時はもう片方が縮むという変化を繰り返します。その伸縮量は、物体間距離が離れていればいるほど大きくなる性質があります。

図:重力波の効果

しかし先に説明した天体現象が我々のいる銀河系とは違う他の遠い銀河で発生した場合、その重力波が地球に届いたときの信号の大きさは地球・太陽間程度の距離を、たかだか水素原子1個分動かす程度にすぎないほど小さいのです!運よくそのような天体現象が、我々の銀河で発生してくれれば信号が数十倍大きく出るので、現在の技術でもその重力波を捕らえることが出来ます!しかし、その発生確率は数十万年に一回という小ささです。当然そんなに待ってられませんので、観測対象を増加させるために、さらに遠くで発生した重力波 のより小さな時空の振動をとらえられるように工夫した高性能な重力波検出器を開発することが必要なのです。

検出方法

重力波は、全てのものを貫通してしまうため、なにかにぶつけてその反応をみるという方法はとれません。しかし光は重力波によってゆがんだ空間に沿って走る性質があり、それと先の説明のあった直交方向で伸縮するという性質を利用して、基本的には「マイケルソン干渉計」を用います(図:検出方法)。

図:検出方法

長さを測るには、同じ光を直交する2方向に向けて発射し、遠くに置いた鏡で反射させ、また戻ってきた光の到達時間を両方で比較します。伸びた距離を走った光のほうが短い距離を走った方の光より帰ってくるのに時間が長くかかるため、伸縮の有無が分かります。ただし、地球上では地球が丸いことや、地下の検出器の場合は山の形状による制約もあり、光が走る腕の長さはせいぜい3〜4キロメート ル程度にしか取れません。そのため一回折り返しでは6〜8キロメートルしか走れません。それでは無駄が多いので、片腕に鏡を二枚用意して、その間を何度も反射して折り返します。KAGRAの場合、鏡の反射率を調整して、3キロメートル離れた鏡の間をレーザー光が平均で約500往復するようにします。

ちょっと難しくなりますが、重力波検出器の検出能力(つまり「感度」)が具体的にどのように表現されるかと言うと(図:必要な検出器感度)のように横軸が重力波の周波数、縦軸が重力波で起こった腕の伸縮の大きさを腕の長さで割ったもの(ひずみ)で表します。現在の重力波検出器は、重力波の周波数 100Hzあたりの領域でひずみの大きさが10-22~10-23という非常に小さなものを検出可能なように設計されています。

図:必要な検出器感度

感度を制限する(悪くする)ものは主に三つあります。低周波側が地球の地面振動。中周波数が、鏡の熱振動。そして高周波側が、レーザー光線の「光の量子性」というちょっと難しい性質の振動です。これらをいかにうまく低減するかが、高感度化の鍵となります。

アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量をもった物体が存在すると、それだけで時空にゆがみができます。さらにその物体が(軸対称ではない)運動をすると、 この時空のゆがみが光速で伝わっていきます。これが重力波です。重力波はすべてを貫通し、減衰しないと考えられています。東京大学宇宙線研究所の重力波研究グループでは、「重力波」の直接検出を行い、それを将来の「重力波による天体観測」の創生につなげていきたいと考えています。

重力波研究の歴史

重力波の予言

重力波は、アインシュタイン博士が1916年に提唱した一般相対性理論で予想された時空の歪みが伝搬する波動現象です。しかし、アインシュタイン博士自身、この重力波の効果はあまりに小さすぎて、実際には検証が極めて困難であろうと思っていたそうです。

共振型重力波アンテナの開発

しかし、重力波は、メリーランド大学のウェーバー先生によってその研究が世に大きく知られることになりました。ウェーバー先生は、重力波を検出する装置として、「共振型重力波アンテナ」を考案しました。重力波によって、金属でできた大きな共振体の共振振動が励起されることで重力波を検出しようとするものです。1960年代に、ウェーバー先生は2台の検出器を用意し、かつ、地球上で起こる同じ原因で両方の検出器から同じ信号が出てくる可能性を低減するために、2台の検出器を離して設置しました。先生は、それらからの信号を解析し、偶然の確率をはるかにうわまわる確率で同時に信号が検出されたということで、宇宙からの重力波を検出したと主張しました。しかし、現在まで、それが真に重力波信号だったかは検証できていません。しかし、先生の挑戦のおかげで、世界の多くの研究者が、この極めて困難な重力波の直接検出を目指すようになりました。アメリカでは「ALLEGRO」、ヨーロッパでは「EXPLORER」「AURIGA」「NAUTILUS」など、様々な共振型重力波検出装置が開発されました。

重力波の間接的な存在証明

重力波の直接的検出は、困難を極めました。世界中の共振型重力波検出器で、その検出限界感度をより改善する努力が継続されましたが、それでも、確実な重力波信号と特定できる有意な信号は検出されません。ところが、ハルス先生とテーラー先生は、連星中性子星という、極めて強い重力場を持つ中性子星同士が互いに近接して連星系をなす、極めて稀な天体(PSR1913+16)を1974年に発見しました。そして、もし、その連星運動から強い重力波が発生していたら、連星系の回転の勢いが奪われ、連星の公転周期が短くなるはずだと予測しました。何年にもわたって、PSR1913+16という中性子星連星系の公転周期の変化を観測したところ、1979年、ついに、その公転周期の短縮変化が重力波が原因であると仮定して得られる理論的な予想と、誤差1%程度で一致する結果を得て、結果、これが重力波の間接的な存在検証となりました。この成果により、二人の先生は1993年にノーベル賞を受賞されました。

レーザー干渉計重力波検出器の開発

共振型検出器は、原理が簡単で作成しやすい長所がある一方、検出できる重力波の周波数帯域幅が、その共振体の共振周波数に限られるという短所がありました。そこで、マサチューセッツ工科大学のワイス先生達が、マイケルソンがエーテルの検証実験で使用したマイケルソン干渉計を改良した装置を重力波検出器として利用することを提案しました。干渉計では、その装置の構成が複雑かつ大規模という短所はありましたが、広帯域に重力波を検出できる長所が、重力波天文学の創生には不可欠という理由で、現在は、ほぼレーザー干渉計型重力波検出器の開発のみが行われています。まず、先導的な研究開発は、マサチューセッツ工科大学とカリフォルニア工科大学共同で行われました。そこでは、基線長が40メートルのレーザー干渉計が開発され、100Hz程度の周波数をもつ重力波に対し、約10-19 [m/rHz]という感度が達成され、その成果をもとに、現在ではLIGO計画(http://www.ligo.caltech.edu/)という基線長が4キロメートルもあるレーザー干渉計型重力波検出器が2台建設され、現在も改良中です。ヨーロッパでも、ドイツやイギリスの研究機関が10mクラスの基線長をもつプロトタイプレーザー干渉計型検出器を開発し、現在では、基線長600メートルのGEO600(http://www.geo600.org/)という検出装置が建設され、LIGOと共同観測を行いました。イタリアとフランス、のちにオランダも参加し、VIRGO計画(http://www.ego-gw.it/)として、基線長3kmのレーザー干渉計型重力波検出装置が建設され、これもLIGOとの共同観測を行っています。オーストラリアの研究者たちも、同レベルの重力波検出器の建設を計画しています。

図:世界の重力波望遠鏡

日本における重力波検出にむけた研究

日本においては、京都大学の中村先生が、コンピュータを駆使した数値相対論を利用したブラックホールの発生およびそれに伴う重力波の発生のメカニズムの解明を世界に先駆けて行い、その成果により、相対論や宇宙論といった物理学・天
文学の一大テーマの解明のため、電磁波とは異なる重力波によって宇宙を観測することの学術的重要性が認知されるに至りました。一方、実験的に重力波の直接検出に乗り出したのは、東京大学の故平川先生です。ウェーバー先生と同じく、最初は共振型重力波アンテナを開発しましたが。その後、時流の変化で、開発の中心はレーザー干渉計に移り、1990年代には、20m~100mクラスのプロトタイプ干渉計が、国立天文台や、宇宙科学研究所で開発され、その後、その要素技術を結集し、国立天文台にTAMA300という重力波望遠鏡が建設されました。
TAMA300(http://tamago.mtk.nao.ac.jp/tama_j.html)では、LIGOやGEO600やVIRGOの建設にさきがけて2001年に1000時間連続観測を行うなど、一時期はその性能と観測において世界をリードしましたが、現在では、先に述べた国外の観測装置に感度性能の点でが追い越されています。しかし、本KAGRA計画により、再度最高性能を達成し、重力波の直接検出を目指しています。

1年に数回の重力波イベントの観測を目指して

残念ながら、現在世界で最も感度のよいLIGO重力波望遠鏡ですら、まだ、数百年に一度の重力波イベントしか捉える能力がありません。そこで、世界の重力波観測グループは、感度をさらに10倍改善することで、1年に数回の重力波イベントの観測による重力波天文学の創生を目指しています。

図:重力波望遠鏡の観測可能範囲

特に、本KAGRA計画(図:KAGRA計画)では、この感度向上のため、他の装置にはない二つの挑戦を行っています。一つは、旧神岡鉱山内地下200メートル以深という極めて地面振動が少なく、温度・湿度の安定な環境に設置するということです。実は地面は、風や打ち寄せる波、地球自身の固有な振動で常に振動しています。それが地下に潜ることにより低減され、旧神岡鉱山内の振動は地上の1/100まで小さくなっています。このことは重力波検出装置を長時間運転し、観測する上で大きな利点となっています。実際同じ旧神岡鉱山内に設置された、規模は20メートルサイズと小さめですが、光が走る距離を大型干渉計並みに似せたプロトタイプ検出器(LISM重力波プロトタイプ)では極めて簡素な制御のみで、当時の複雑な制御系を組み込んだどの大型検出器も達成できていないかった1週間以上の連続運転が可能であることが示されました。

図:KAGRA計画

二つ目は、KAGRAでは、検出器にサファイアという光学素子を使用し、かつそれをマイナス253℃(ちなみに、物理の法則上、これ以上冷やせない温度、つまり絶対0度はマイナス273.15℃です。)まで冷却することで検出器の感度を制限していた熱雑音をさらに低減することを目指しています。そのプロトタイプとして、すでに同じ旧神岡鉱山内にCLIO(Cryogenic Laser Interferometer Observatory)

図:CLIOレーザー干渉計
図:鏡を冷却する冷凍機能付き真空槽